【もうひとつの京都】地域情報発信コーナー【Kyoto Side】

20190823

このコーナーは、皆さん、よくご存知の「古都京都」……だけでなく、
京都府北部・中部・南部のいわゆる「もうひとつの京都」エリアに注目!
茶畑が広がる、宇治茶の産地……南部の「お茶の京都」。
自然豊かで里山の風景が美しい……中部の「森の京都」。
美しい海の景観が楽しめる………北部の「海の京都」。
清らかな竹林が広がる………「竹の里・乙訓」。
KYOTO SIDE」は、この「もうひとつの京都」エリアを中心に、
観光、グルメ、イベント情報など、
まだまだ知られざる京都府の魅力や情報を発信し、
共有していく地域情報発信WEBサイトです。
このwebサイト「KYOTO SIDE」をもとに、
旬の情報をご紹介していくコーナーです。

さてみなさん、今、京都で一番話題の戦国武将といえば!
そう、来年の大河ドラマ「麒麟がくる」の主人公「明智光秀」・・・なんですが、
「光秀」と深い親交があった「細川幽斎」という人物をご存知ですか?
今日は、今後注目を集めること間違いなし! 
かつて長岡京市や向日市付近、
京都府北部を治めた「細川幽斎」の豆知識をお届けします。

さて、ではまず、「幽斎」と「光秀」の関係は?というと、
ともに「足利将軍」や「織田信長」に仕え、
苦楽をともにした同僚であり友人。

「光秀」の娘「お玉」と「幽斎」の息子「忠興」が結婚したため、
親戚関係でもありました。

しかし、「本能寺の変」では、
「光秀」に呼応せず、髪を下ろして「舞鶴」の「田辺城」で隠居。

「光秀」と「秀吉」が戦った「山崎の合戦」でも「光秀」に加勢せず、
「信長親子」の喪に服すといって丹後から動きませんでした。

さて、そんな「幽斎」を語る上で欠かせない、
最も印象的なエピソードが、
「関ヶ原の合戦」の前哨戦の一つともいわれる
「田辺城籠城戦」です。

この天下分け目の戦いで、「細川家」は東軍「徳川家康」の味方につくことを決断。
すると、「石田三成」側の西軍が、
約1万5000人もの大軍で「田辺城」に攻め込みます。

しかしこのとき、城にいたのは隠居の身である「幽斎」とたった500人の軍勢。
しかも、大半が地元の住人や僧侶たちでした。
さて、そんな絶体絶命の大ピンチに、全員で自害する覚悟をしていたところ、
思いもよらないところから「幽斎」に助け船がやってきます。

それはなんと・・・天皇からの「停戦せよ」という勅命。
落城寸前のところで難を逃れた「幽斎」。

その先に待ち受けていたのは、
九州の大大名へと上り詰める「細川家」の未来でした。

なぜ、「幽斎」は1万5000人もの大軍を相手に、
たった500人で対抗できたのか、
そしてなぜ、天皇は停戦命令を出したのか……。
続きはぜひ、web「KYOTO SIDE」で「細川幽斎」と検索を。
「田辺城資料館」をはじめ幽斎ゆかりのスポット情報も掲載されています。
web「KYOTO SIDE」には、今日ご紹介した、誰かに話したくなる豆知識のほか、
府内のお出かけ情報もたくさん掲載されています。
暦の上ではもう秋とはいえ、まだまだ暑い日が続きます。
お出かけの際は、暑さを避けて水分・塩分をこまめに補給!
熱中症対策を万全にして、楽しい夏休みを過ごしてくださいね。

海・森・お茶の京都、そして竹の里・乙訓。
「もうひとつの京都」と呼ばれるこのエリアには、
まだまだ知られていない、素敵なスポットがたくさんあります。
このコーナーでは、そんな地域の魅力を発信するwebサイト
KYOTO SIDE」に掲載されている旬の情報をご紹介していきます。
webサイト「KYOTO SIDE」の方もとっても見やすく、とても分かりやすいです。
さらに、Facebook、Twitter、Instagramもありますので、
みなさんが見やすいものをチョイスしてみてください。
季節や時間によって色々な景色を見せてくれる京都。
このサイトを片手に、
京都をすみずみまで歩いて食べて見て体験してみてください。
あなたの知らない京都がここに詰まっています。
京都府内の穴場やグルメなどオススメの情報も多数掲載されていますので、
ぜひ、ご覧になってくださいね!
↓ホームページはコチラとなっています↓
https://www.kyotoside.jp/

リスナーの皆さんも、
「もうひとつの京都」のオススメスポットや穴場スポットなどありましたら、
ぜひ、番組宛てにメッセージをお寄せください。

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