
時が紡いだSTORY
文化・建築・工芸品など、歴史により磨かれた美意識が今なお息づく京都。 そして21世紀。伝統を守りながらも、革新的な感性と技法により、新しいKYOTOカルチャーを生み出す若者が多方面で活躍している。 古き良きものは古いままでなく、時代とともに変化し、今に生き続ける。今年は、伝統を継承しながら新しいモノを作り出す、現代の職人たちがトップページを飾る。
#002 着物デザイナー 谷川 幸(Miyuki Tanigawa)
表現の根源― 彼女が“人”を見つめる理由
チェリーレッドの生地に飛ぶ、カラフルな川蝉。黒地に白のラインが映える生地に泳ぐ、涼しげな鯉――。京都出身の着物デザイナー・谷川幸氏がデザインする浴衣は、私たちが今まで目にしたことがない斬新な柄と、鮮やかな色彩で彩られている。
幼いころから興味のあったファッションを勉強するため、京都造形芸術大学に進学した谷川氏は、テキスタイル・ファッション・アートなど、あらゆる作品に通ずる多様性をもつ「染織」をそこで学ぶ。そして19歳のとき、成人式で着る振袖を自分の手でデザインすることを決意、デザイン画を抱えてプロの職人たちの元に飛び込んだ。ここでの出会いが、ひとつの転機となる。 着物を作るための、分業された何十もの工程を辿るなかで、多くの職人と出会い、ともに作業をした。彼女を支えてくれた職人たちは素晴らしい技術をもっていたが、皆、口をそろえてこう言ったという。「需要が先細りで、伝承させられない」。ショックだった。この時、今の呉服業界の現状を知った。
そこから、谷川氏のキャンバスは着物になった。自分の訴えたいことや世界観を、着物に表現し続けた。着物離れが進む今、いつか若い女性が気軽にファッションとして取り入れ、「着たい!」と思えるような魅力的な作品を作れたら。そしてもう一度、職人さんと輪を組んで仕事をしていきたい。彼女が描く未来には、そんな願いが込められていた。
卒業後、着物ブランド会社に就職、改めて着物の図案を学んだ。着物という文化がもつ奥深さを感じつつ仕事をする彼女に、次なる転機が訪れる。映画『さくらん』着物デザイン協力である。 依頼の理由は、インクジェット染の技術に対応できて、実際に現場の職人とやりとりもこなせること。そして何より、着物の伝統を守りつつ、鮮やかな色彩や大胆な構図など、斬新なインパクトをもつ作品から伝わる彼女の感性が、監督・蜷川実花の世界観を表現するのに最適だということだった。
着物の制作は、通常どれだけ急いでも、1着に1ヵ月はかかる。しかしクランクインは目前に迫っていた。結果的に谷川氏は、わずか1ヶ月半の間に、32着の着物を仕上げた。染めの段階で理想の色味が出ないときは、目上の職人たちに、失礼は承知で「もっと色を出してください」と厳しく指示を出した。女優たちが完成した着物を纏い、そこに“動き”が加わった瞬間を見たときには、「今までにない感動」を覚えたという。
アーティストとしての彼女の作品の特徴は、メッセージ性の強さにある。現代に生きる人間に対して、「これでいいのか」というメッセージを込めている。
印象的なものは、“何か、大きな忘れ物をしていませんか?”と問いかけるモノクロームの振袖作品『Don't leave...』や、卒業制作『Endless Dilemma』。この平面作品のテーマは、アメリカの同時多発テロ「9.11」だ。5mもの巨大なキャンバスの上を、煙立つ高層ビル街をバックに、雑誌で切り貼りされた顔のない人々がさまよう。それは、見なければいけないものから目をそらそうとする、私たち現代人の姿だ。作品の美しさに目を奪われつつも、突き刺さるような彼女のメッセージが伝わってくる。
「優しいだけの作品は、作れないかもしれない」と、谷川氏は自らの創作について語る。しかし実際の彼女は、スタッフ一人ひとりに丁寧な挨拶をし、薄着のモデルを気遣い、撮影現場をスリッパで駆け回る。艶やかな着物が、冷暖房もつけられない現場で、染料の飛んだ作業着を着た職人たちの、高い技術と肉体労働によって作られることを、知っている。 彼女の作品が力強いのは、いかなるときも“人”を見つめ続けた、その目があるからなのだろう。
『さくらん』の仕事を終えたあと、依頼元の京朋株式会社に移り、現在は自身の制作活動と平行に、デザイナーとして活躍、2007年にはオリジナル着物ブランド『Dia horama(ディアホラマ)』を立ち上げた。彼女は自分が作る着物が、仮に「一時の流行」で終わったとしてもかまわない、と話す。ネイルやピアスなど現代のオシャレを掛け合わせたり、メイクやヘアカラーで着物を引き立たせたり……。着こなしは、その着物を手にとる人によって千差万別。それぞれに個性を活かし、「着物」と「今」を思いきり楽しんでもらえたらと願う。 着物を通して、人をみつめる彼女のまなざしは、強く優しい。
谷川 幸(Miyuki Tanigawa)
1981年、京都出身。学生時代、成人式の振袖をプロの職人たちのもとで自ら制作したことをきっかけに、デザイナーの道へ。京都造形芸術大学美術工芸科染織コースを卒業後、着物ブランド会社に就職。2006年、映画「さくらん」着物デザイン協力の依頼を受け、劇中の衣裳制作を手がける。2007年、オリジナル着物ブランド『Dia horama』を設立。着物デザイナーとして活躍するほか、ビルの外装デザインやドイツ産業エキスポでの展示ブースデザインなど、その活動は多岐にわたる。